2012年10月18日

ふたつの「ガマン」

「ガマンする」といこと考えていてふと、思いついた。

「ガマン」には、ふたつあるということ。

ひとつは、「させられたガマン」。
もうひとつは、「選択したガマン」。

「させられたガマン」の場合、
子どもの気持ちは「被害者」だろう。

親に「ガマンしなさい。」と言われてするガマンだ。

親は「ダメなものはダメ。」と言うべきだと思っている。
確かに「ダメなものはダメ。」なのだけれど、
子どもの気持ちを受け止めた上で言ってほしい言葉。
子どもには理解できない大人の事情もあるだろう。
ここは、ガマンさせなければいけない場面というのもあるだろう。

だけど、子どもには子どもの気持ちがあるのだ。
せめて、その「気持ち」を受け止めた上でガマンさせてほしい。

もう一つは、「選択したガマン」だ。

任された条件の中で、
自分で「選択した」結果の「ガマン」は、
同じ「ガマン」でも、気持ちは大きく違ってくる。

自分で「選択」した「ガマン」であれば、
気持ちは「責任者」だ。
「お金」を「こづかい」として本人に任せ、
その制限の中で「自分で選択したガマン」の場合、
それは、「させられたガマン」とは明らかに違う。

子どもに経験させたいのは「選択したガマン」だ。

posted by つるちゃん at 00:54| 福岡 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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